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音の可視化とそれに関する諸々

まともな日常 気ままな音楽レビュー

これを将来の夢とか就きたい職業と言っていいのか分かりませんが、いまはとてもミュージックビデオ制作に興味があります。聞こえてくる音と、目に映る景色が同期する(曲のリズムパターン通り、人や機械が動いたりすることです)ことに小さい頃からなぜか快感をおぼえるみたいで、そのいわゆる「音の可視化」を実現でき、誰もが手に取りやすい作品として落とし込むことができるのはミュージックビデオかな、と思ったからです。しかし、だからといって特に監督の名前を何十人も知っていたり、技法を少し実践してみたりできるわけではない。"私的ベストMVランキング"を発表することもできません。単純に、"たのしそう"という思いだけで、そろそろ少しずつでも勉強し始めようかなとほざいている程度です。…そんな矢先、"世界の名作MVを見てみよう"なんていうテーマの授業が今週の火曜日にあったんですよね。まさか、でした。単純に「やりたいこと・興味関心」で大学を選んだ甲斐がありました、すごく楽しかったです。

 


(このMVの何がすごいかは、あえて黙っておくことにしておきましょう。じきに分かってきます)

 

授業の内容は、ミシェル・ゴンドリーという世界的に有名な監督の作品をどんどん見ていき、そこで使われるさまざまな技法が、誰によってつくられたものなのか歴史を遡りながら、しっかり技法を確認するというもの。教授的には、この監督よりもその「先駆者」を贔屓していた感じでしたが、僕はもう、この監督のMV作品に釘付けでした。本当に知らなかったことに恥ずかしさをおぼえたくらい。授業で紹介されたのは、THE WHITE STRIPESの「The Hardest Button To Button」「Fell in Love With A Girl」、Kylie Minogueの「Come into My World」、Chemical Brothersの「Let Forever Be」「Star Guitar」の全部で6本。実は、「Star Guitar」は知ってました。監督名が誰なのか知りもせず知ろうともせず、すごいなあと口を開けていただけでしたが。…ミュージックビデオとの出会いは、音楽との出会いでもあって、「Come into My World」は知りませんでしたが、これはハマりましたね(笑)こんなダンサブルで、おしゃれな曲ないかなあとちょうど探していたんですよ。「The Hardest Button To Button」もすごくロックで、かっこよくて良い。若干、Arctic Monkeysっぽい…?…なんて洋楽にわかが口にしちゃいけませんね。すみません。

 

授業が終わってからも俄然興味は止まらないままで、他の作品はないものかと調べてみました。 すると、Daft Punkの「Around the world」もそうだと判明。僕の大好きな、Daft Punkも手がけているのかと、感動してしまいました!…出会いは、SEKAI NO OWARIのラジオ「セカオワLOCKS!」でしたねえ。リーダー・ギターその他もろもろ担当のNakajinがおすすめの1曲として流していた「Digital Love」にハマってしまって、なかなか買わない輸入盤(作品名は「Discovery」)に手を出したんですよね。洋楽マニアで、いつも僕に洋楽をおすすめしてくる友達にこのことを話したら「おぉ分かってるじゃん」的な感じで高評価を受け、高校時代ではGreen DayThe Strokesと並んでかなり聴き込んだアーティストとなりました。…「Around the worldなんて絶対良いMVになるにちがいない」そう思って、期待してYouTubeの再生ボタンを押したら、思わず「良いなぁ」という声にもならない声が漏れてしまったのです。僕が求めていた「音の可視化」がそこではなされていました。先ほど紹介した、「Star Guitar」のように。

 

もう様々な方面からよく言われていることでしょうが、近年ユーザーの音楽を聴く環境が、ネットに移行しつつありますよね。「CMで流れて聴いたことある曲だ…ちょっといいかも…なんていう曲だろう」そうなったとき、みんながまず頼りにするのはYouTube、の時代。曲名もしくはアーティスト名で検索してみると公式アカウントから、ミュージックビデオがアップロードされていることが多いです。違法ダウンロードを気にして、わざと途中で関係ない映像や音声が入ってる場合もありますが(僕はこれを勝手に「星野源作戦」と呼んでいます)、大半はShort ver.であれどミュージックビデオで音楽がしっかり魅せられています。つまり、音楽を「売る」側も、ミュージックビデオの立ち位置を十分に理解している。昔よりもさらにミュージックビデオが注目される時代になったと思います。本当に頭のいいアーティストだと、アーティスト側からそう働きかけることもありますよね。バンドで言うならば、サカナクションandropがそう。

 



andropの、この「Worlds.Words.Lights.」という作品は、まさに「音の可視化」がなされていますよね。バンドメンバーはモニター越しで、しかも一部しか出演していないのに、ライティングと、ロボットの口の形と、ヘリコプターの動きと、、、すべてがこの単純なビートに乗っているだけで、かっこよさを感じさせます。…こういう技術的なビデオが大好きなんですよね、僕は。もちろん、ミュージックビデオにもいろいろなやり方・作り方があるのは理解しています。歌詞の内容に沿った感動的なストーリーを挿入して泣かせを狙うものもあるし、単純に演奏シーンを特徴的なアングルでとらえてエモーショナルかつシンプルな仕上がりになっているものもある。それらもそれらの味があって良いのですが、こういう「単純にすげえ」と頷いてしまうような、ある種先進的、前衛的なビデオ、今でこそ日本にももっと増えるべきなのではないでしょうか。

 

しかし、こう高慢に訴えかけていながらも、モヤモヤする点があるのです。ひとつは、どれほど頑張っても、先達が素晴らしすぎて結局は過去の技法の焼き増しで終わってしまうということ。ゲスの極み乙女。の新曲「私以外私じゃないの」が、サカナクションの「夜の踊り子」のサビとカメラワークが似ていたり、少し話の内容とは異なりますが、SEKAI NO OWARIの「炎と森のカーニバル」で出てくるドアが、KEYTALKの「パラレル」に出てくるドアと一緒だったり…と。こういうことって、たびたび話題になりますよね。こんなに制作された年は近いなのに、どうしても似てしまう。単なる偶然かもしれませんが、大体みんなが考えることは一緒という結論でよろしいのでしょうか。もうひとつは、僕が勝手に提唱している「名曲は大体ミュージックビデオがクソ」説。ミュージックビデオとは関係ないところでヒットしていった曲がたくさんあるというただひとつの事実が、どうしても気になってしまうのです。デザインの授業でも「やりすぎるとうざい」ということはよく学んだし、あくまでも音楽のプロモーションツールに過ぎないということは十分理解しています。…いろいろな制約を抱えながら、ミュージックビデオを制作する方たちの気持ち、いかばかりかと。こんなことを、最近は考えています。きっと、この記事をその界隈の方に読まれたら、「お前はただ単にビデオの分析不足だよボケ」なんてツッコミをされて、一発KOなんでしょうが。もう少しちゃんと勉強して、さらに深入りしていきたいと思います。