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記憶のかたすみにしまって、そのままに。

お久しぶりです。最近、電車やバスに乗り音楽を聴きながらぼーっとしている時だったり、バイトでこれまた音楽を聴きながら帰路についていたりするときに、いざ面白いことを思いついても、なかなかこのブログの編集ページにたどり着くことができず、そのまま遥か彼方にそのネタが飛んでいってしまうことが多いあそーです。今日このテキストを打つまでにどれくらいのネタがお亡くなりになってしまったか考えると、先が思いやられますね。…とは言えど、これは別に最近に限ったことではなくて、昔から結構やってしまうことなんですけどね(いつもブログを愛読してくださっている方はご存知でしょう)。ふと浮かんだアイデアを何か媒体にその場で記録する、という習慣がもともとないし、苦手意識を持っているんですよ、なぜか。

 

この現象はコメディ要素に限ったことではありませんので、音楽をつくってみようかなと思うときにたとえてみましょう。僕だって極稀に、良いメロディが"空から降ってくる"なんてことはあります(あるんです)。…その時、誰もいない場所に移動して、スマホの録音アプリで、忘れないようにとこそっと口ずさむ。そうした場合、99%それはあとで決して聞かないものになってしまうんですよね。DTMフリーソフトで遊ぶときも、参考にもしない。「それは違うだろ、自分の声にいまだに恥じらいを持っているだけだろ」というツッコミはまぁともかく…高校の時、寝ていたせいでノートをとれなかった白板も写メを撮ってしまったら見返さない(これはみなさん経験あるのではないでしょうか)なんていうのも同じです。身についていなくても「自分のものにできた」という嘘の安心感が働いて、それ以上の行動を脳が指示しないのでしょうか。おかげで僕は、前ブログでかねてから提唱している"ノートがやけに綺麗なやつほど、テストの点数が悪い"説のとおり、良い成績を残すことはできませんでした。

 

余談ですが、そういえば昔、どこかの番組である受験生が"捨てる勉強法"なんていうのを紹介しているのを見た覚えがあります。どうやら、「覚えた」と自覚したものはどんどんゴミ箱に捨てていくらしい。同席していた専門家の解説によれば「捨てる」という危機感が、その人の記憶力を活性化させるそうです。僕がもし、この勉強法やらを早く実践していればきっと…。あと、昔流行った「ドラゴン桜」という漫画(ストーリーは省略しますよ)で"教科書汚さずノート汚せ"的な表現があったのも思い出しました。つまり、なんでもかんでも蛍光ペン引くなということですよね。Twitterでも、高学歴芸人として有名なロザンの宇治原さんが、「大事なところに蛍光ペンを引く」と発言したほかの出演者に対し、「教科書全部大事だよ?」と反論しているバラエティ番組のワンシーンのキャプチャが回ってきました。確かに、その通りだと思います。受験生はまだ間に合いますね。受験はこういうテクニックなどの"情報戦"でもありますから、ぜひ実践を(やたら技巧に走るのはダメですが)。話が逸れましたね。

 

まあでも、テスト勉強など一種の義務感にかられて遂行している事柄についてはこの方法は有効であると思うのですが、ネタとかフレーズとか自分からふと生まれ出たアイデアに関しては、必ずしも手帳などにメモさえすればいいというわけではないのです。思いついた時にかなり気に入ったネタとして、ずっと温めているうちに何が面白くなくなってきてしまった…みなさんは、こういう経験少なからずあるのではないかと思われます。つまり、鮮度を失うのです。もっと抽象的に言えば、勢いがない。思いついた時の興奮やテンションが、その作品から窺えない。そういう時はやっぱり、思い切り忘れてしまえばいいのだと思います。「何かに記録しなければ自然淘汰されてしまうようなレベルのネタであったら、それは世に出るものではない、お別れしよう」と見切り、「忘れることができる」…これも人間の便利な点なのです。

 

そういう点で、よくYouTuberやブロガーが宣言する「毎日◯時更新」など期限を設けるのは効果的なんですよね。確かに"降ってこない"ときはツラいもので、僕も正直やりたくないのですが、そういう縛りがあるからこそ新鮮なまま発表できる、というメリットが生まれるんです。あまり言われない考え方ですが。…と、前置きがやっぱり長くなってしまいました。「書こう」という意識を持ってブログを書いている証拠です。どんどん書きたいことが浮かんできて、それがタイピングのリズムに乗っていく。今回はこのことを本題としてしまいましょう。今回の本題は、また別の機会まで、大事に温めることにします。…さっそく前に書いたことと矛盾していますね。笑