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驚いたけれど

旧ブログ(エキサイト)

昨日、遂に第一志望(だった)大学を受けてきた。知名度の高さとか、格付けとか、場所とかそういう基準で志望したわけではなくて、本当に学びたいことがそこにあるのだ。社会学部。2年以降はこのゼミに入りたいという段階まで設計してある。しかし、とても人気の学部らしい。大量に駅の出口から吐き出される受験生を見て、緊張感がいっそう増す。そのためか、MP3プレイヤーから耳に流す音楽は同じ曲ばかりであった。普段と変わらない顔をしていても、自分の中にある波を起こさないように必死だったのである。

 

「怠け」と言ってしまったらそこまでかもしれないけれど、12月まで拘束されていた僕はやはり時間が少なかったのだろうと思う。いっそ枯れ果ててしまえばいい、そんな気持ちで前日(一昨日)やその数日前はかなりの勉強量を稼いだ。よく、受験生を励ますために「今までやってきたことを信じて!」という言葉が使われるが、僕にはそれを信じられるくらい”やってきたこと”の量が少なかった。だから、勉強は自分に自信をつける感覚だ、そのレベルで行われてしまっているのだ。その勉強方法が有効なのかどうかは、もうわからない。さすがにここまで大変な人は世間から呆れられ、放棄されてしまっているからである、前例がないのだ。本当に窮地に立たされているのである。

 

席はとても狭い席だった。きっと僕がもう少し肥えていたら、入らなかっただろう。そして、試験官の女の人が真木よう子みたいで、少し可愛かった。試験は、英語、国語、日本史の順番で行われた。もちろん、ネックなのは英語であった。しかし、初めて見ると、意外と躓いていない。文意も割と把握できている。正解しているかどうかは不明だが、なんとなく「うまくいっている」感じはした。次、国語。60分で3題の評論は時間が足りなくなると思ったが、そうでもなかった。ギリギリというものの、心に余裕を持って臨むことができた。しかし、日本史である。試験後にTwitterで、同じ大学の受験者と思われる人のつぶやきをたくさん見かけたが、「難化」もしくは「超難化」だそうだ。過去問を解いてこの日には臨んだものの、苦戦をしいられたのである。「難化ならば、受験者皆出来ていない」と思われるかもしれない。しかし、僕は日本史をこれでも得意科目としていた分、差をつけられるのはここでしかないと以前から戦略を練っていたのだ。60分間は、プレッシャーとの戦いでもあった。

 

まだ予備校の解答速報も出ていないけれど、採点したくない気持ちの方が強い。あれほど力を蓄えたはずの教科が全く発揮されない。それほど悔しいことは今までにないのである。昨日は、残念ながら記念すべき日だ。おそらく、失敗した日となっているだろう。残りほんのすこしの受験期間だが、ここに来て軽くショックを受けた。しかし、そこまで落ち込んでいるつもりはない。今日、他大学の合格発表を見たけれど、そこまで落ち込みはしなかった。それは自分がAO入試で2回不合格の文字をディスプレイ越しに見ていたからであろう。ヒマもないし、格段と力を伸ばしていかなければいけない。