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さっそく、はじめた。

旧ブログ(エキサイト)

前ブログでブログ活動休止宣言ともとれるような発言をして数分後、早速新しいブログを始めてしまった。いわゆる、「逃亡」である。記事を書いた翌日、友人たちにその記事にツッコミを入れられ、そのたびに苦笑いで「それはね、こういうことで」と返さなければならないのはもうコリゴリだ、ということをなぜかふと思い立って行った、衝動的なものだった。自分でも前のブログは、ネタにされやすいものではあると思っていたし、ネタにされて快感だった時期も正直あった。こちら側がそれを意識して執筆した記事もあるし、ふと気づけば「なぜこの記事は反応が少ないのだろう」なんてことを次記事の冒頭に書いていたこともある。常に僕は、読者の反応を意識的にも無意識的にも期待していたのかもしれない。良くも生かせるし、悪くも生かせる僕の個性、癖だ。

 

ただし、最近そのブログで敬語を使い始めたのは読者への配慮ではない。それは、いちいち、ですます調を修正するのが面倒くさくなっただけである。パソコンと手書きは違うから、まず文章を完成させる際に、どうしても勢いで、ですます調とだである調が入り混じってしまう。いままでは、そのブログで築き上げたキャラクター設定のために、それをいちいち、だである調に直していたのだ。そして、もう1つ僕にはこだわりがあった。レイアウト設定で規定された一行の幅をきっかり満たす、という点である。完全に美意識によるものだった。遠目で見て、僕が美しいと感じるものがそれだったのだから、しょうがない。そうすると、個人的には後者の方のこだわりを重視していたので、ほんの1文字2文字の違いで、ほかの言葉を削ったり、言葉を変えたりする苦労を要することがある。その中で、「だ」が「です」になることをすごく望んだ時があった。そう、それが、敬語に変えたわけである。もちろん、それによってまた字数調整が面倒くさくなってしまうこともあるけれど、前よりは格段にラクになったような気がする。ブログを書くときは、しょうがなく本当とウソが混ざった、新たな人格になっていたのかもしれない。当ブログでは、できるだけ本当の部分を出していき、くだらないこだわりはなるべく捨てようと思っている。前のブログとあまり変わらなかったら、それはそれで面白い。だである調とか。

 

レイアウトは前のブログのものが最高だったけれど、このはてなブログのデザインも気に入っている(はてなにしたわけは、今まで使ったことがなかったから)。シンプルで、少し大人っぽい。フォントはもう僕の大好きな「メイリオ」ではないけれど、いくら長文を書いても細かく纏まるところが好きかもしれない。タイトルと、ユーザー名は直感。なんかかっこいいじゃん、って。飽きたら変える予定、前のブログもそうだった。そして恥ずかしくなったら記事は消す予定(基本、消すことはないだろうけど)。この新しい環境で、晴れやかな気持ちで、いっぱい記録をつけようと思う。とは言っても、やはり忙しい時期ではあるので、このブログの更新もほどほどにする予定だ。毎日更新する予定もないし、やたら長い文も書くつもりはない。けれども、基本的に僕は長く書くほうが好きである。本の執筆のように、パソコンと対面してキーをカチカチ動かす、という姿勢に自己満足するからだ。ということで、よろしくお願いします。