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あそーの活動報告<1月編>、そして震災から3年

旧ブログ(FC2)

久しぶりにパソコンからこのブログを開いてみると、僕がかつてから嫌っている、"スポンサーサイト"と記された、1ヶ月以上更新のないブログに表示される広告がトップに踊り出ており、おまけに広告バーも上下部こ表示されていて、まるでそこは荒野のようだった。早めに更新をしなくては、はて前の記事はいつだったかな、とブログ左端の「カレンダー」欄を見てみると、どうやら1月2日らしい。これについては、自分でも本当に驚いた。つまり、この記事は、2014年になって2回目の更新ということになるのだ。愛読者様、お久しぶりです。とりあえず、いつもこの"まえがき"スペースで定番となっている、変な言い訳や、僕の考えるブログ論なんてものは置いておいて、1月2日から3月11日まで僕がどのようなことをしていたのか、というのをざっくり放出して、2ヶ月間ブログを更新しなかったお詫びとさせていただこうと思います。

もし各月を単語で簡潔に表せというならば、1月は、"期間限定バンド"と"ファン活動"だった。"期間限定バンド"というのは、学校内のバンド仲間の有志が、自分の所属しているバンドの他に、学年の壁を超えて、好きな音楽等が重なり合う人たちが集まり、新しく結成したバンド。そのバンドで、決められた日まで数曲練習し、それを人前で披露して、音楽をやることの快楽を味わおうっていう企画だ。まるで軽音楽部のような活動だが、残念ながら僕の通っている学校は、吹奏楽部との練習場所取り合戦等に敗れて、軽音楽部という形の正式な部活が存在していない。このような、僕らにとっては斬新な取り組みも、学校が始まって以来(といっても、学校自体の歴史が浅いのだが)、一切なかったようだ。だからこそ、部活として学校からいろいろなことを指定されていないからこそ、それは楽しいものだった。楽器の配置や、披露当日の段取り等も全て有志メンバーで考える。悪戯心のようなワクワクを感じながら、みんなで作り上げたライブは、自分にとっても、本当に素晴らしいものになったと思う。ちなみに、僕はその"期間限定バンド"で、2バンドに所属した。1つは、BUMP OF CHICKENのコピーバンド。途中でメンバーが抜けたり、新しい楽器にチャレンジするメンバーがいたりして、少しは苦労したけれど、楽しく「車輪の唄」を演奏できた。もう1つは、東京事変パスピエのコピーバンド。それぞれ、曲は「今夜はから騒ぎ」と「名前のない鳥」。BUMPのコピーバンドでは、僕がもとから所属しているバンドと同様、ギターを担当したが、このバンドではキーボードを担当した。ピアノは、ギターより演奏に自信のある楽器だからと、調子に乗って少し難易度の高いピアノソロのある曲を選んでしまったため、少し失敗してしまったが、僕以外のメンバーが演奏上手な人ばかりだったので、本当にそれに助けられた。そのような少しプロフェッショナルなメンバーだったからこそ、まだ楽譜が出版されていない「名前のない鳥」も、耳コピで演奏できた。耳コピ演奏なんて難しいだろう、と少し心配していたが、その心配は無用であった。どちらのバンドも本当にメンバーへ感謝の気持ちでいっぱいで、それと同時にバンドをやることは難しいのだということを改めて実感できた、そんな企画だった。

"ファン活動"というのは、SEKAI NO OWARIの「スノーマジックファンタジー」についてである。僕は、最近は、「いろいろな種類の、いろいろな人たちの音楽を聴こう」と"広く浅く"音楽を聴くように意識的にしているが、それまでが"狭く深く"のスタンスだったせいか、本当に好きなアーティストについては細かく"研究する"ように知ろうとする。そのアーティストが出たラジオ番組は、タイマーを駆使して全て録音したり、テレビ番組は、録画網を仕掛けて、録画できたらそれを必要な部分だけに編集して、ブルーレイディスクにダビングをしたりする。雑誌などお金を必要とする媒体は少し遠ざけがちであるものの、音楽雑誌「ROCK IN'ON JAPAN」等に出たら、必ず買うようにしている。その様子は、はたから見たら、キチガイじみているかもしれない。大体無料のそのアーティストに関するものは、ゲットするようにしている。そんな熱心な活動の中で、もっとも残念なのは、1月25日にお台場で行われた、このシングルのためのフリーライブに、学校模試のために参加できなかったことだ。交通費は少しかかるものの、行きたかったイベントであった。実は、学校模試のために、自分の行きたいイベントに出かけられないということは今回が初めてではない。昨年11月2日に行われた早稲田大学の文化祭ライブにも学校模試のために参加できなかった、さらに遡れば、前の前のシングル「眠り姫」の時のフリーライブにも、同じく学校模試のために、参加できなかった。3度目ということでショック度は少し抑えられているものの、自分の運の悪さを思い知らされたようで、悲しかった。しかし、悲しかったことだけではない。この「スノーマジックファンタジー」のカップリングに収録されている「銀河街の悪夢」という曲についてだ。はじめて聴いたとき、心臓をグサッと掴まれるような感動を覚えたため、今すぐにでも自分でこの感情を表現したいという欲求に駆られ(と言うと、少しクサいかな)、ピアノで早速耳コピして、おまけにYoutubeに所謂「弾いてみた」動画をあげてみた。

自分のTwitterなどでアップロードの通知は行い、それが数件のRTやお気に入り登録を集めたものの、ここまで再生回数や、評価数や、コメント数が伸びるとは思ってもいなかった。先ほども書いたとおり、ピアノは自分で自信を持っている楽器なので、いろいろな方に見てもらい、褒めてもらえたことは、素直に嬉しく受け止めている。見てくれた皆さん、本当にありがとうございます。ちなみに、4月2日に発売されるセカオワのニューシングル「炎と森のカーニバル」の耳コピ動画も、調子に乗ってYoutubeにあげている。「銀河街の悪夢」に比べれば、曲の特性が違うため(バラードではないため)、少し荒く、雑なコピーになってしまったかもしれないが、もしよろしければ、上の動画の僕のチャンネルのところから探して、見てほしい。

かなり長く書いてしまった。淡々と出来事が書かれていて、ほどよく感想も挿入されていて、それがいかにもブログっぽくて、個人的には満足している。ここからさらに、2月について書くと、さらにボリューミーになってしまう気がしそうなので、2月の出来事については、<2月編>として次の記事に回すことにする。その代わり、"折角"というのは少し良くない考え方かもしれないが、今日は3月11日ということで、そのことについて、書いてみようと思う。まずは、自分自身のその日の体験をまとめてみる。たしか、僕は学校にいて、何かの勉強をしていた。そして、たしか地震発生の1分後くらいに、突然照明等が揺れ出していて、最初は後に知るほど非常に大きい地震とはもちろん感じず、いつか止むだろうと、慌てて避難もせずにその場から動かずにいた。しかし、あまりにも揺れが長いため、これはもしかしたら相当でかいかもしれない、ということで、周りの大人たちにつられて外に出た。僕の学校は耐震性には自信があるそうなので、教室の中にいても安全だったのだが、とっさの判断では、とりあえず外に出てしまうものなのだろう。外は少し急な斜面だったので、もしかしたら少し危なかったかもしれない。斜面を転がり落ちないように、必死に木に掴まっていた。そして、揺れは収まったものの、本当に大変だったのはその後だった。やはりこのような揺れを経験しつつも、そこまで大きい地震ではないだろうと思っていたから、すぐに家帰れるだろうと思っていた、しかし、なかなか学校は帰らせてくれなかった。僕は学校に不満を募らせていた。危機感が全くなかったから、当然、交通機関も電気も麻痺していない状況だと思っていたのだろう。周りの友達が、ワンセグでニュース速報を見ていて、「これはなかなかやばいらしいぞ」「わたしのおじいちゃん、仙台にいるんだよね、大丈夫かな」という声が聞こえてくる。僕もその人たちと一緒にその小さい携帯の画面を見た。しかし、これがリアルの世界で起こっているのが、テレビの中で起こっている非現実ではないのか、と信じられなかった。これは、少し誇張したり希釈したりして書いているわけではなく、本当に分からなかったのだ。その日は午前1時くらいに徒歩で家に到着した。寒くて暗い中、唯一動いていたバスに飛び乗ったおぼえがある。それから数日、テレビでは震災の報道が多く流れていたものの、これが日本で起こっているとは到底思えていなかった…と、書いている今でも、震災について感情移入は深くはできていない(それは"部外者が何を思っても被災者にとって無駄である"という諦観からではない)。"何人が津波によって亡くなられました"、"原発から危険な物質が出ています"という事実は、何度も聞いたりしていて、その情報を信じるしかない、という形で信じているが、3年前に本当に起こったことなのか、未だに実感がわいていないのだ。被災地に行ってボランティア活動をしていないからかもしれない。いや、たぶん、被災地に僕が出向いたとしても、完璧には感情移入はできないだろう。今日のニュースで、"風化してはいけない"という言葉が多く踊った。未だ実感がわいていない僕が、これから"風化してはいけいない"という点で、どうやって震災と向き合うか、暫く考えなくてはいけない。ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。