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後でやる、より、今やる

旧ブログ(エキサイト)

以前もここに書いたかもしれないけれど、僕は塾であえて「小論文」の授業をとっている。志望理由書の作成や面接練習のプロセスで、小論文の試験で求められるような文章力や論理力がどうしても必要だからだ。これは決して、塾が金を搾取するために組み立てた表向きの理由とかそういう類のものではなく、本当にその授業で学ぶことが大切であると心から同意できているものである。ただし、今となっては、だが。そういえば最初は宿題の量が僕には過酷なもので、何度か休みたいと思った時もあった、あった。

 
その授業は、ただプロットの作成方法やミスリードの防止術を学ぶだけの授業ではなく、受験に望むための精神論までも広くカバーしていて(学校主催のガイダンスのように、コレばかりやられるのはハッキリ言って迷惑だが)、それは講義終了後に衝動的にルーズリーフに全部書き出したくなる、くらいの迫力がある。「信者」かもしれない、と思う事もあるけれど、先生が発する一言一言はどれも貴重なものに思えてくるのだ。先週金曜日、夏休みを挟んだために1ヶ月ぶりのその授業に参加してきた。いつもどおりだったが、やはりその中でひとつ印象に残った教訓があった。
 
「過去問は早めに解け、自力で解け」。先生によれば、「過去問は実力がついてからゆっくり解こう」は間違いらしいのだ。つまり、そう言う人たちは失敗するということ。もっと言うと、そう言う人に限って一度もやらないことが多いということである。そして、先生の提唱していた過去問の理想の解き方は、"何時間も粘る"のがカギだそう。時間を計って決められた時間でやり、採点して「あまり出来なかった」と嘆くより、何時間も分からない問題に向き合って、考えて考えて一所懸命答えを捻り出すことの方が自分のためになるというワケだ(単語がわからない場合は辞書を使ってもいいらしい)。したがって、時間をかけて正解した問題は"時間がかかりすぎること"が原因だと分かるし、何が弱点であるかを詳細に把握できる…うん、このやり方はたしかに正しそうだ。僕も、「基礎が出来ていないから」と後回しにしていたこと、とても多かった。
 
センター試験の出願が始まっていて、僕は一応センター試験を受験することになった。18800円という高額な受験料を無駄にしないためにも、ちょっと赤本に手を伸ばしてみようかなと思い始めている。