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「色彩をもたない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んだ。

旧ブログ(FC2)

ついこの前のこと、僕はいつものように友達と、このブログについての討議をしていた。「はやくブログ更新しなさいよ、プロブロガー」「してるじゃないか」「でも更新回数が異常に少ない。読者としてきわめて遺憾に思う」「あのね、ブログは更新回数じゃないんだよ。内容だよ、内容。ブログとして一番求められていると思うのは、ユニークな文章を書く力と、内容の濃さだ」「ははは、それを自分で言っちゃうなんて流石だな」「何か問題でも。僕はね、たくさん体内に蓄積して、一度にたくさん放出するタイプなんだよ」「だって君、どうせどんなに長文を書いたって、前置きがとても長いだけで、内容が薄いじゃん」。ついに言われてしまった。「あそーのブログ、長文だけれど肝心の内容が薄い問題」。この件はずっと友達に指摘されている、みたいな雰囲気が今までの記事の冒頭のネタになっていたけれど、実はここまでハッキリと言われたのは初めてだったりする。事実だから、相手には何も言い返せなかった。ここで「僕ノブログナンダカラ!!君ニハ関係ナイダナイダ!!」なんて反発をしていたら、僕は完全に敗北だっただろう。最後にはそのような答えに辿り着くのかもしれないけれど、嫌な議論から逃れようと必死な姿勢は個人的に気に食わない。たしかに僕のブログは内容は薄い、濃くしなきゃつまらないね。そういう反省をしたほうが、当ブログの発展にはいいのかもしれない。おお、もう13行も書いてしまったようだ。そろそろ"本題"に移らなくては。今日の"本題"は、村上春樹の新刊「色彩をもたない多崎つくると、彼の巡礼の年」についてだった。

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田中慎弥の「共喰い」が芥川賞を受賞した時のように、最初は買うつもりではなかった。発売1週間前ほどに、先ほど文で登場した友達に、「まだそれほど村上春樹を知らないのに、発売日に飛びついて読んで、それを鼻高々とブログに書いちゃうのもどうかねぇ」と苦言を呈されたのもあったし、僕自身ももう数冊、長編小説を読んでからこの作品に臨もうと思っていたからだ。だけど、テレビや新聞等で「発売日の新宿店、徹夜して買う人続出!」なんて宣伝を見たら、「風の歌を聴け」を読んで、片足だけハマっている僕でも、気になってしまったみたいだ。つまり悪い言い方をすれば、「メディアに乗せられた」「流行りで読んでるだけ」となるだろう。事実、それだけの理由なのかもしれない。「この出費は後回しでも大丈夫……、えーと、買える……!」自分の財布とよく相談した結果、買うことに。ということで、土日4分の3を使って読了したので(集中して読むことしかできないのだ)、読書感想文記事、開始。発売前には作者のコメント以外は一切明かされてなかった(特徴的なセールス方法だ)ため、いわゆる公式発表の"あらすじ"が存在しないので、肝心の内容について簡単には説明しにくいのだが、ともかく、少し不十分な、読解力、記述力、その他あらゆる僕の力をもって、この作品のあらすじをじっくりと濃く、書かせていただくことにしようかな……

-------------------ここから多少のネタバレあり(?)※今回は前ほどは長くありません---------------------

高校時代、主人公"多崎つくる"が所属していた5人グループは、とても仲が良い理想のような5人組で、ボランティア活動等、何をするにも一緒にやるくらいだったが、高校卒業後、つくる一人だけ、大学進学のための上京で、仲間から外れてしまうことになった。地元名古屋に残った4人は"気にすんな、俺たちはずっと仲間だ"と応援してくれたが、疎遠になっていくことをつくる自身、薄々は気づいていたし、その4人の苗字(赤松、青海、白根、黒埜)についている色の名前が自分だけない、という小さなことでも、勝手に疎外感を感じ、いつか仲間はずれにされるのではないか、と恐れていた。そして、上京して2年後、その心配が現実となる。突然、理由も何も伝えられず、"仲間はずれ"の通告を電話でメンバーからされてしまったのだ。どれだけ自分で思い返しても彼らへの罪の意識はなかったし、なぜ排除されたか分からなかったため、その仲間だけしか友達がいなかった、彼はこれからの人生を絶望することとなり、死を意識して生活するようになる。全てをネガティブに考え、機械的な生活で極端に痩けた体になり、今にも死にそうだったつくるは、少し不思議な大学の後輩・灰田と、偶然がきっかけで気が合い、社会的にも何とか回復することができた。

という話を、36歳になったつくる(今では、夢の鉄道会社に勤務しており、ある程度の生活は保証されている)のガールフレンド(そして、今はもう恋人を作ることもできるようになった)、"木元沙羅"に冗談で話したところ、「一人ひとりに会って、自分がなぜ仲間はずれになったのか、しっかり聞くべきだ」「そろそろ誤解を解いたほうが良いと思う」と真剣に助言されたため、最初はノリ気ではなかったが、新たな事実が沙羅の個人調査によってどんどん分かっていく中で、もう1度全員に会って、16年前に自分だけが仲間はずれをされた理由を聞くため、つくるは"巡礼の旅"に出ることを決める。(太字部分があらすじ、結末は省略)

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と、一通りザッとまとめたが、(ここまで書いておいてアレだが、)もしかしたら僕は、どちらかというと、村上春樹の作品については「物語の面白さ」「結末の意外性」に魅力を感じているのではなく、「特徴的な文の構造」「独特な比喩」等、文章的な技術に魅力を感じているのかもしれない、と気づいてしまった。このあらすじ、結末はあえて省略していたが、何度か読み直しても、特に書店のポップにあるような「ハッとするような結末を貴方は迎える!」みたいなものは感じられなかった("ハルキスト"な人はそのような安易なものをまず求めておらず、また村上春樹がそのような作家ではないのかもしれないけど)。この記事を書く前に、ほかの読了した人はどのような感想を持っているのだろう、と参考程度にAmazonのレビュー(この言葉だけでアレルギー反応を起こしてしまう人も中にはいるのかな)に目を通したが、まぁ賛否両論だった。「主人公がひとつの哀しみを通り過ぎて、尚生きていこう、というメッセージ性を感じる」という意見もあれば、「村上春樹さんは、若い頃とても素晴らしかったけど、今は成長を止めてしまったのかもしれない」という意見もある。先程も書いた通り、数冊しか読んでいない僕だから「過去作"○○○○"のエキスが凝縮されている」や、「単なる"□□□□"の焼き増しにすぎない」という表現は理解すらできないのだが、ひとつだけ共感できるワンフレーズがたくさんの文章の中に存在した。「あいかわらず比喩表現はうまく、ノーベル比喩賞があれば、まっさきに差し上げたらよろしいのではないかと思う。"つぶてのような硬そうな痰"には笑いました」。数ページに1個のペースで、教科書には載ってないような、ユーモアセンスあふれる比喩が登場するのだから、読んでいるこちらはニヤニヤしてしまうのだ。「これは"文学"とは呼べない。ただの"お話"だ」という☆1つ評価の意見には賛同するけれど、メッセージ性溢れる作家や、極度にアーティスティックな作家よりは、村上春樹のような、ユーモラスなストーリーテラーのほうが僕は好きだと今は思うし、たくさんの特徴的な比喩が柱となって形成する"村上ワールド"は、初心者にとっては、新鮮だったのかもしれないようだ。だから、評価は、☆5つ。好き嫌いはハッキリ分かれると思うけど、オススメだ。