読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

夜は短し歩けよ乙女

追記で予告をしておきながらこんなことを言うのは本当に恥ずかしいが、「面白い記事を書く」ということは僕には不可能である。今までブログを書いていて友達から「あの記事、イイね!」なんてことは一切ない。所詮「ブログ」なんて駄文の集まり、だと捉えているが自分はそれでも結構文章にはこだわりたいタイプだ。「こだわってこの出来かよ」なんて言われると少し凹むが、後で読み返しても恥ずかしくないような文章をこれからも書いていきたい。だから、なるべく危ないことはしたくない(「一発芸披露しま〜す」みたいな記事は書きたくない)。ということで、面白くないという僕の特徴は治そうとしても治せないと諦めているから、前の記事からなるべく時間が経たないようにしようと考えた。時間があいてしまうほど、相手を期待させてしまうからだ。あれ?期待してない?

さて、面白い文章を書くためには、たくさんの文章を読まなくてはいけない。いろいろな文章を読んでいくことでどんどん力がついていく、と僕は信じている。僕はどちらかというと読むのは結構「好き」な方だから、教科書、新聞、ネット上の記事は毎日読んでいるが(教科書は毎日は読んでいなかった)、このブログの発展のためにはそれだけではとうてい足りないだろう。なにしろそれらの文章にはファニーな要素はなかなか存在してない。

そこで活字を読むために選ぶ手段は、やはり「物語を読む」である。物語には作者の独特な世界が広がっていて、物語を読む、という魅力はそこに何も準備しなくても入り込めることである。ここまで書くと、「自分のブログの記事を面白くするために小説を読むのか!」と右パンチが入りそうだけれど、決してそういうわけではない。僕がしようとしているのは作者の世界を堪能するための、読書である。…まぁ理由なんて何でもいいのだけれど。

今まで本を読んだことないのか、というとそういうわけではない。本が好きだからこそ、図書委員を4年間も続けるのである。ただ、読書量は少ない。最近は特に減った。読書量の少ない奴が、「本好きです」なんてアピールするのは本物の読書家からは見るに難しであるが、理由は、どうやら「買った本でないと愛着が持たないから、読めない」という僕の変な癖が少しあるらしい。あと「イソガシイ」というありがちな理由。前記事のブログ更新の件と同じだけど、それほど忙しくないのにね。そして読むスピードはなぜか早い(文庫本はたいてい1冊を半日で読んでしまう)から、すぐ他の本を購入しなければいけない。なんとも贅沢な奴である。本のレンタルを主な仕事とする図書委員の役職を続ける意味が分からなくなってきた。まぁここまで来たら来年も続けるしかないか。

ということで、「読書」というカテゴリも新設し、読書生活(というほどたいそうなものではないが)復帰第1作目は森見登美彦さんの「夜は短し歩けよ乙女」である。06年角川作品。山本周五郎賞受賞。07年本屋大賞2位。

DSC08440 (2)

前々からこの語呂が非常にいい、秀逸なタイトルもあって気になっていた。先ほど購入したばかりだからこの記事を書くまでは第1章「夜は短し歩けよ乙女」しか読めていないが、すごく面白い。特に主人公と主人公になれなかった脇役の2人が交互に物語を語っていく形式がいい。それも全体的に少し凝った(ひねくれた?)文章で。読んでいても疲れを全く感じさせず、僕にはベリーマッチした。今まで東野圭吾さんのミステリー小説や山田悠介さんや乙一さんのホラー小説しか読んでこなかった僕にこの本は似合うのかと思ったけどすんなり読める。…さて、読書経験の少ない僕が、これ以上この本を語って、読書評論家を気取るのはよそう。本や音楽は下手な人が解説すると、面白くなくなっていくって言われている。とりあえずまだ読了していないので、ここで記事を終わりにして、今日はペラペラとこの本のページを進めていくことにする。この先がすごく気になる。

【追記】肝心のネタ部分が少ないことはいつものことである。気にしない方向で。