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チョロい日記

自由に書けと言われた気がしたので自由に書きます

クレジット

 ずっと家にいると怠惰な生活をしてしまう、と外に出てみるも、結局経済的理由から行動範囲は徒歩圏内に限られてしまう。こういう時に意外な発見が、とか、意外な出会いが、とかそういうこともあるかもしれないけれど、知っている道しか通らない僕にはそんな運命は舞い降りて来ない。1000円以下のランチ、ご飯ものならいつもの味噌かつ定食の大盛りに落ち着くし、それ以外ならマック。いわゆる「開拓」はする気力が起きない。チャンスを掴みに行くことを、しようとしない精神なのだ。

 だけれど、久しぶりに書店を覗いてみると面白い広告を発見した。どうやら「ショートショート大賞」というものがあるらしい。昨年に引き続き第2回で、締め切りは明日2月15日なんだとか。キャッチコピーは「原稿用紙1枚でも小説だ。」。

 

 僕はこの広告を見た時、「そうだ、この怠惰な生活を小説におさめてやろう」となぜか思った。フリクションの替え芯を買おうとして、税込130円の商品をレジに持って行こうとしたら、見間違いだったのかそれは300円以上で、持ち金じゃ間に合わず恥をかいたこと。味噌かつを食べている時、やけに隣のジジイがこちらを窺ってくること。YouTubeはてなブログばかり見ていて、ついに勉強を始めたと思ったら部屋の整理からはじまること。一日、いや数時間で起きたどんな細かいことでも描写してやろうという意気だった。

 でも、すぐにやめようと思った。たしかに、こうやって人と比べると長文のポエムブログを書く僕なら、原稿用紙を何枚も埋めることなんてたやすいかもしれない。日本語の読みやすさにも、自信がある。でも、やるなら、もうちょっとクオリティをあげたいし、時間をかけたかった。

 

 応募には作者名が必須項目である。自分の名前を冠す時、同時に他人からの評価が連帯する。「お前はそのようなものをコンテスト応募で出してくるのか」、そのような誰かからの視線が怖い。これは僕の性なのかもしれないし、もしかしたらクリエイターとしては当たり前に思うことなのかもしれないけれど、自分の名前がクレジットされることに僕は人一倍敏感なのである。たとえそれが自主制作でも。

 

 とはいえ、来年は、応募を考えてみようかな。別に作家になる、とかそういう野望を抱いているわけではないけれど、文の実力がどれくらいのものなのか誰かに計測してもらいたいというのはあるから。

だらけるのが一番いい

 多忙をきわめた研究室生活も終わり、昨日は完全なる「オフ」を過ごすことができた。寝ぼけ眼でスマホの時刻表示を見て「もう4時か!随分寝てしまった」と思ったらまだ朝の4時だったりするのは、なかなか痛快である。いろいろあってバイトに入ることが出来ていないのも、逆に良かったのかもしれない。心の安定にはこれが必要だ。経済的安定はもう欠片も残っていないけれど。

 経済的安定という言葉を書いてなぜか思い出したのは、そろそろ村上春樹の新作が出るということだ。「多崎つくる」の時は、やけに興奮してなんとか第一版を手に入れようと書店を回った。今思えば、将来売り飛ばすためにとかそんなことを考えているわけでもなく、ただのコレクター癖の延長だったと思う。

 今回もそんなことをするのかな、なんて自分に問いかけてみたところで、まず、その前の段階で跳ね返されることは分かりきっている。そうだ、今の僕にはお金がなかったんだ。やっぱり、Amazonで定価以上の値がついたSuchmosの新譜を買ってしまったのがよくなかったのかもしれない。いや、その前に買ったSHUREのイヤホンも、もしかしたら時期尚早だったのかもしれない。

 

 そんな時、僕にいつでも優しくしてくれたのはテレビという無料の娯楽だった。最近はおおむねスマートフォンだが、少し気分を変えてという意味合いもあって、リモコンを持ってみたくなる。TVerが登場したおかげで、だいたい僕の見たい番組は僕のスマートフォン上に収納されているわけだが、連続ドラマを今から見始めようという気分になるのは、不思議と、録り溜めてあったBDレコーダーだけだ。

 そんなわけで、昨日は遅ればせながらドラマ『カルテット』を見た。ネットの有識者たちのあいだで話題になっているらしい。脚本がいい、とか。椎名林檎が提供した楽曲がいい、とか。高橋一生がいい、とか。どれも分かる気がする。

 特に最後の「高橋一生がいい」は、強く共感に値する。それは、never young beachの安部氏の兄ということを知ってから僕の贔屓の範囲に入れ始めてるというのもあるかもしれないが、彼は独特の演技が目立つひとだ。ドラマ特有の「間」とかを、どんどん破壊していく感じ。台詞の応酬というか。共演している満島ひかりからも同じ匂いを感じることができるけれど。

 

 4話分を一気に見る、というのは久しぶりの体験だった。「逃げ恥」のときもすれば良かったと思う。最後に"ちゃんと"見たドラマはたしか、2014年の『ロストデイズ』で、これも『カルテット』と同じように、別荘で繰り広げられるシリアスな物語だった。ゆえにこのドラマは、長く続けて見ることが出来そうだ。

2位じゃダメなんです


いいなCM リクルートポイント 池松壮亮 すべての人生が、すばらしい

 Twitterで、ひとつのCMが注目を浴びている。今からちょうど3年前の2014年に放送されていた、池松壮亮が主人公を演じる『リクルートポイント』のCMだ。その長さは2分にも及び、ざっくり内容をまとめると「人生はマラソンじゃない!人それぞれに、それぞれのゴールがある!」といった主張のもの。 

 少し前、『月曜から夜ふかし』で「○○世代を調べてみた」というテーマが放送されていたのを思い出した。団塊の世代、シラケ世代、ポスト団塊ジュニア世代…とさまざまな世代の呼び名が紹介されていく中で、番組中話題は、まるで当然のように、現在20代後半〜30代前半の「ゆとり世代」の話に。MCのマツコ・デラックスは、「会社の40代・50代は、ゆとり世代を世話するのがめんどくさいと感じながらも、"敵にはならねえな"と慢心している部分がある」として、「この中で本気を出せば、逆に周りの同じ世代の子たちも蹴落とせるし、勝負としてはやりやすい」と言っていた。

 同じような話を、先々週くらい、ある現場でたまたま一緒になった制作会社の人事を務めている方からも聞いた。昔は誰しもが一番を狙う競争社会だったから、皆必死に勉強した。しかし、今はみんなで仲良くやることこそが、オンリーワンを目指すことこそが良いことだという風潮だから、皆から「一番になる」といった覇気が感じられないということだった。 

anond.hatelabo.jp

 はてな匿名ダイアリーで最近人気を博しているこの記事では、クリエイター系の会社で働いている人がいらない学生の特徴をわかりやすく解説している。その中にも「攻める姿勢がない」という項目があった。「まだ他人に評価される段階ではないので…」と言い訳ともとれるような、その弱気さは就職活動にあまりよく影響しないそうだ。

 ここで、上のCMのような考え方に甘えていた自分を省みる。もしかしたら僕たちには、少しズルをするくらい強気な姿勢が足りていなかったのかもしれない。