チョロい日記

自由に書けと言われた気がしたので自由に書きます

だらけるのが一番いい

 多忙をきわめた研究室生活も終わり、昨日は完全なる「オフ」を過ごすことができた。寝ぼけ眼でスマホの時刻表示を見て「もう4時か!随分寝てしまった」と思ったらまだ朝の4時だったりするのは、なかなか痛快である。いろいろあってバイトに入ることが出来ていないのも、逆に良かったのかもしれない。心の安定にはこれが必要だ。経済的安定はもう欠片も残っていないけれど。

 経済的安定という言葉を書いてなぜか思い出したのは、そろそろ村上春樹の新作が出るということだ。「多崎つくる」の時は、やけに興奮してなんとか第一版を手に入れようと書店を回った。今思えば、将来売り飛ばすためにとかそんなことを考えているわけでもなく、ただのコレクター癖の延長だったと思う。

 今回もそんなことをするのかな、なんて自分に問いかけてみたところで、まず、その前の段階で跳ね返されることは分かりきっている。そうだ、今の僕にはお金がなかったんだ。やっぱり、Amazonで定価以上の値がついたSuchmosの新譜を買ってしまったのがよくなかったのかもしれない。いや、その前に買ったSHUREのイヤホンも、もしかしたら時期尚早だったのかもしれない。

 

 そんな時、僕にいつでも優しくしてくれたのはテレビという無料の娯楽だった。最近はおおむねスマートフォンだが、少し気分を変えてという意味合いもあって、リモコンを持ってみたくなる。TVerが登場したおかげで、だいたい僕の見たい番組は僕のスマートフォン上に収納されているわけだが、連続ドラマを今から見始めようという気分になるのは、不思議と、録り溜めてあったBDレコーダーだけだ。

 そんなわけで、昨日は遅ればせながらドラマ『カルテット』を見た。ネットの有識者たちのあいだで話題になっているらしい。脚本がいい、とか。椎名林檎が提供した楽曲がいい、とか。高橋一生がいい、とか。どれも分かる気がする。

 特に最後の「高橋一生がいい」は、強く共感に値する。それは、never young beachの安部氏の兄ということを知ってから僕の贔屓の範囲に入れ始めてるというのもあるかもしれないが、彼は独特の演技が目立つひとだ。ドラマ特有の「間」とかを、どんどん破壊していく感じ。台詞の応酬というか。共演している満島ひかりからも同じ匂いを感じることができるけれど。

 

 4話分を一気に見る、というのは久しぶりの体験だった。「逃げ恥」のときもすれば良かったと思う。最後に"ちゃんと"見たドラマはたしか、2014年の『ロストデイズ』で、これも『カルテット』と同じように、別荘で繰り広げられるシリアスな物語だった。ゆえにこのドラマは、長く続けて見ることが出来そうだ。

2位じゃダメなんです


いいなCM リクルートポイント 池松壮亮 すべての人生が、すばらしい

 Twitterで、ひとつのCMが注目を浴びている。今からちょうど3年前の2014年に放送されていた、池松壮亮が主人公を演じる『リクルートポイント』のCMだ。その長さは2分にも及び、ざっくり内容をまとめると「人生はマラソンじゃない!人それぞれに、それぞれのゴールがある!」といった主張のもの。 

 少し前、『月曜から夜ふかし』で「○○世代を調べてみた」というテーマが放送されていたのを思い出した。団塊の世代、シラケ世代、ポスト団塊ジュニア世代…とさまざまな世代の呼び名が紹介されていく中で、番組中話題は、まるで当然のように、現在20代後半〜30代前半の「ゆとり世代」の話に。MCのマツコ・デラックスは、「会社の40代・50代は、ゆとり世代を世話するのがめんどくさいと感じながらも、"敵にはならねえな"と慢心している部分がある」として、「この中で本気を出せば、逆に周りの同じ世代の子たちも蹴落とせるし、勝負としてはやりやすい」と言っていた。

 同じような話を、先々週くらい、ある現場でたまたま一緒になった制作会社の人事を務めている方からも聞いた。昔は誰しもが一番を狙う競争社会だったから、皆必死に勉強した。しかし、今はみんなで仲良くやることこそが、オンリーワンを目指すことこそが良いことだという風潮だから、皆から「一番になる」といった覇気が感じられないということだった。 

anond.hatelabo.jp

 はてな匿名ダイアリーで最近人気を博しているこの記事では、クリエイター系の会社で働いている人がいらない学生の特徴をわかりやすく解説している。その中にも「攻める姿勢がない」という項目があった。「まだ他人に評価される段階ではないので…」と言い訳ともとれるような、その弱気さは就職活動にあまりよく影響しないそうだ。

 ここで、上のCMのような考え方に甘えていた自分を省みる。もしかしたら僕たちには、少しズルをするくらい強気な姿勢が足りていなかったのかもしれない。

かつてのティーンエイジ

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 インフルエンザになると、途端に暇になる。なんでも今年のインフルっていうのは、感染力が強い割に、熱は微熱。予防接種を受けていると、平熱なこともあるらしい。例年ならば冷えピタを貼り、フリースを何枚も着込んで体を温めて、ウンウン言いながら治すものなのだが、今回は驚くほど早いスピードで治っていった。

 病院では、悪魔のような笑顔で「うん、インフルエンザA型ですね。」と言われたあとイナビルという吸引薬を処方された。これがすごかった。吸引薬なんて飲んだことない僕は、結局薬局のレジで周りの目を気にしながら薬剤師さんと一緒に「公開処方」という形になってしまったのだが、粉末状の気体をチュウチュウ吸うだけで治ってしまうんだから文句は言えない。現代の医療技術には、頭があがらないもんだ。

 現在、僕は何も苦しいところはないのに、仕方なく部屋に引きこもっている状態なのである。いわゆる「自宅待機」というヤツだ。何もやることがない。いや、それはさすがにウソか。鼻水、鼻づまりと戦いながら(今年のインフルはここが厄介なのである)溜まりに溜まった編集業務に向き合っている。

 でも、少し手が空くと「もうちょっと自分の音楽ライフを充実させたいな」とかいう邪念が生まれてくる。気づけば僕は、自分が持っているCDの1枚1枚をMacに次から次へと取り込んでいたのであった。

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 こうして見ていると、昔の自分はバカみたいにCDを買っていたなあ、と感慨深くなる。コレクションはいっちょまえに初回限定盤とかのみに限定していて、タワーレコードで買うとついてくる特典(ステッカーとか缶バッヂとか)もきちんととってあったりする。

 CDを買わなくなった、のに明確な理由は何もない。フェードアウトという言葉がいちばん似合うだろう。日々のタスクに負われて、というより、大学生活の華やかさに埋もれて、という感覚。『木綿のハンカチーフ』じゃないけど、「都会の絵の具に染まってしまう」が近い。

 でもやはり自分が一番純粋に戻れるっていうのは、音楽を聴いている時なのかもしれないと、取り込んだCDを順番に聴きながら、思う。こんなにアーティストの追っかけに夢中になれたのも、ピアノを習い始めたのも、すべては「音楽が好きだから」なのである。「17才の時に聴いた音楽は、大人になってもずっと聴いている」と誰かが言っていたのを思い出した。17才。思えば、このティーンエイジの頃が、一番自分がCDを買っていた年だった。 

 


Suchmos "MINT" (Official Music Video)

 さきほど、AmazonSuchmosの新譜を購入した。『STAY TUNE』『MINT』が収録されている『THE KIDS』というアルバムである。

 車のCMソングで一気に話題になった彼らは、自分たちの人気を見くびっていたのか、初回限定盤はどこの店に行っても売り切れていた。油断である。絶対買うと思っていたのに、つい発売日を1週間近く通り越してしまった。昔に比べて、僕がそのような情報に疎くなってしまったということを見事に象徴していると言えるだろう。

 幸い残っていたAmazonは、定価をはるかに超えて5000円以上もした。それでも、見栄を張って特典のステッカー付きの初回限定盤を購入する姿勢は、17才の頃の自分と変わっていない。