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かつてのティーンエイジ

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 インフルエンザになると、途端に暇になる。なんでも今年のインフルっていうのは、感染力が強い割に、熱は微熱。予防接種を受けていると、平熱なこともあるらしい。例年ならば冷えピタを貼り、フリースを何枚も着込んで体を温めて、ウンウン言いながら治すものなのだが、今回は驚くほど早いスピードで治っていった。

 病院では、悪魔のような笑顔で「うん、インフルエンザA型ですね。」と言われたあとイナビルという吸引薬を処方された。これがすごかった。吸引薬なんて飲んだことない僕は、結局薬局のレジで周りの目を気にしながら薬剤師さんと一緒に「公開処方」という形になってしまったのだが、粉末状の気体をチュウチュウ吸うだけで治ってしまうんだから文句は言えない。現代の医療技術には、頭があがらないもんだ。

 現在、僕は何も苦しいところはないのに、仕方なく部屋に引きこもっている状態なのである。いわゆる「自宅待機」というヤツだ。何もやることがない。いや、それはさすがにウソか。鼻水、鼻づまりと戦いながら(今年のインフルはここが厄介なのである)溜まりに溜まった編集業務に向き合っている。

 でも、少し手が空くと「もうちょっと自分の音楽ライフを充実させたいな」とかいう邪念が生まれてくる。気づけば僕は、自分が持っているCDの1枚1枚をMacに次から次へと取り込んでいたのであった。

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 こうして見ていると、昔の自分はバカみたいにCDを買っていたなあ、と感慨深くなる。コレクションはいっちょまえに初回限定盤とかのみに限定していて、タワーレコードで買うとついてくる特典(ステッカーとか缶バッヂとか)もきちんととってあったりする。

 CDを買わなくなった、のに明確な理由は何もない。フェードアウトという言葉がいちばん似合うだろう。日々のタスクに負われて、というより、大学生活の華やかさに埋もれて、という感覚。『木綿のハンカチーフ』じゃないけど、「都会の絵の具に染まってしまう」が近い。

 でもやはり自分が一番純粋に戻れるっていうのは、音楽を聴いている時なのかもしれないと、取り込んだCDを順番に聴きながら、思う。こんなにアーティストの追っかけに夢中になれたのも、ピアノを習い始めたのも、すべては「音楽が好きだから」なのである。「17才の時に聴いた音楽は、大人になってもずっと聴いている」と誰かが言っていたのを思い出した。17才。思えば、このティーンエイジの頃が、一番自分がCDを買っていた年だった。 

 


Suchmos "MINT" (Official Music Video)

 さきほど、AmazonでSuchmosの新譜を購入した。『STAY TUNE』『MINT』が収録されている『THE KIDS』というアルバムである。

 車のCMソングで一気に話題になった彼らは、自分たちの人気を見くびっていたのか、初回限定盤はどこの店に行っても売り切れていた。油断である。絶対買うと思っていたのに、つい発売日を1週間近く通り越してしまった。昔に比べて、僕がそのような情報に疎くなってしまったということを見事に象徴していると言えるだろう。

 幸い残っていたAmazonは、定価をはるかに超えて5000円以上もした。それでも、見栄を張って特典のステッカー付きの初回限定盤を購入する姿勢は、17才の頃の自分と変わっていない。

最近ブログを書いていない

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  寝る前に何かを行う、ということは人間の記憶にとってとても良いことらしい。なんでも、朝に何かを覚えようと思っても、昼間以降に入ってきた不要な情報にどんどん上書きされてしまい、何も覚えていないという。そういえばたしかに、僕がまだ受験生だった頃、先生は英単語帳を寝る前になんども見返すと定着するぞと訴えかけていたし、それを真に受けてやる輩は周りにたくさんいた。二流進学校だったから、そうなるのも当たり前だった(無論、僕はそんなことはしなかった)。

 さて、今からしようと思っているのは記憶の話ではない。寝る前に、ひとつブログを書くという行為のことである。ベッドでMacBookを開き、ブックマークされたはてなブログから飛んで、「記事を投稿する」。おお、久々の光景だ。気づかないうちに、はてなブログのユーザーインタフェースも一気に進化している。こうしてしばらくやっていないもんだから、デザインも大きく変えてしまおう。コンパクトに、シンプルに。無意識にそうしている自分をいざ顧みれば、もう1度シンプルを見つめ直す時期が、人生にきているのかもしれない、と思う。

 

 寝る前に活字を読むという習慣がある人はたくさんいるだろう。誰しもがホテルの一室のような部屋を持っているわけではないと思うが、ベッドライトのオレンジっぽい光をそっとつけて、意外とファンタジックな物語の扉を開いていたりする。少しウトウトしてきた頃、そっと灯りを消す。夢の中では、きっとその物語のつづきを見れている。

 ただそれに比べ、寝る前に「活字を発信する」という行為はどのような作用も私に与えてくれないような気がする。寝る前が一番落ち着く、と心理的条件がそろうということは明白だが、効果については何も考えられたためしがない。

 しかし、それで良い。何も考えずに気ままに綴るということが、「ベッド」で「薄暗い中」「深夜」という条件が、実は僕に一番似合っているのかもしれない。あれよこれよと言う間に800字ちかく綴れる能力は、この至福の時間のために備わったのだろう。あとは、村上春樹のように数年ぶりに本を出したとしてもこれまでと変わりなく、大いに歓迎されるくらいの「スター性」か。

雑記をめざす・ラジオの世界

 決してこの時間にブログを更新しているからといって、いつものGWのように昼夜逆転しているわけではない。最近は、きっとバイトのおかげなのだろう、どちらかといえば健康的に過ごしていると思う。ちゃんとご飯も食べてるし、健康を意識して学内のジムにでも通おうかと模索中なくらいだ。

 映像の勉強も1年以上やってきて、とうとう他に新ブログを開設して、さまざまな角度からいろいろな映像を分析しようといった取り組みも行っているほどである。(授業の一環なのだ)最近は話題の映画を、研究目的で分析してみようと、自分が関心を寄せなかったジャンルにも、いろいろ意欲的だ。

 

 とまあ、いつものように久しぶりの更新になってしまったから、このように必ず近況報告に二段落分使ってしまうのだが、やっぱりしっくりこないと思う。なかなか自分はおもしろい文章を書けないな、といつまでたっても解決しない悩みにおそわれる。

 理想は、突然姿を消し、またふと現れても、いつも通り、マイペースに自分の語りたい話題を記事に書く。毎日日替わりでいろいろなテーマを扱う、「ほぼ日刊イトイ新聞」の「きょうのダーリン」のような文章が好きなのだが、どうしてもそのような書き方は、目指していながらも、性に合わないらしい。意識したところで、またいつのまにか、前説が長く、つまんないことをつらつらと話している文章に戻っている。

 もし、このような文章通りに話を展開していく人間がいたら、嫌われるだろうな。要件を端的に伝えよ、って。

 

***

 

 4月から、友人のススメで深夜ラジオの世界に浸るようになった。と言うのも、そもそもの発端は、僕の敬愛してやまないアーティスト・星野源が、オールナイトニッポンの新番組を4月から始めたことにある。もともと他で付き合いのあった、その友人が、以前からどっぷりラジオリスナーで、深夜ラジオにも詳しいということは知っていたから、布教するくらいの勢いで「この人のラジオは、たぶんめっちゃおもしろいから聴いてみてよ」と、すすめてみたのだ(本人はそもそも、星野源をあまり知らず、当初聴く予定はなかったらしい)。

 すると、逆に「じゃあこの人のも聞いてみてよ」とか、いろいろなラジオ番組をすすめられてしまった。結局僕は、4月から星野源も含め3つの深夜番組を聴く習慣をつけてしまったのである。星野源と、バナナマンと、オードリー。おかげで、その放送日は、午前3時までは結構起きてることが多い(自然と寝落ちすることもあるが)。

 

 普通ならば、いくら友人のすすめとはいえ、付き合いみたいな感じで数回聴くて、ふんふん面白かった、と止めてしまうような僕であるが、少なくとも1ヶ月続いているということは、これは、ラジオの世界に魅了されていると言っても間違いないだろう。とにかく、面白い。

 

 何が面白いかといえば、リスナーのセンスの良さ、知能の高さである。具体的に言うとナンセンスだから控えるけれど、「どうしてそのような発想に至ったのか」が全くわからないような投稿も、ちらほら見かける。それは時には、笑いを誘い、時には、考えさせる時間を僕らに与えてくれる。

 そして、次に、この人はきっと、現実世界では目立たない、もしくはまた他の自分を演じている人で、人間力の高い、奥深い人間なんだろうなと勝手に予想し、その人をリスペクトしだす。たとえば、人生経験や考えが軽薄なひとと、そうでない人を見分けるには、簡単だ。話を聞いてみればよい。多くのラジオリスナーは、きっと、さまざまな話の展開方法を見せてくれるだろうと思う。つまり、ラジオリスナーは、話が面白いのだ。そのような人間に、僕もなれたらいいなと思う。

 

 もうひとつ。僕がラジオを聴くのに少し戸惑っていたのは、「内輪ネタが強すぎる」「閉鎖的な空間」「初見さんお断り」のような、高級料亭のようなイメージを、深夜ラジオに抱いていたからだ。最初に聞き出したうちは、「このように面白いリスナーさんも、そのパーソナリティに教育されたのではないか」と勘ぐっていた。

 しかし、すぐそれは誤解だったと気づく。類は友を呼ぶ、という言葉はふさわしくはないが、ラジオにたかってくる人は、自然と面白い人が多いのだ。初投稿ながらも、意味のわからん手紙をよこして、パーソナリティを大笑いさせる一幕もあった。

 意外と、深夜ラジオの世界は、入りやすかった。時間帯も時間帯で、みんなが大好きな下ネタもどんどん連発するし、時には専門用語みたいなものも出てくれるが、それを丁寧に解説してくれるパーソナリティがいる。ラジオは、とてつもなく、やさしい。ラジオは、誰しもの味方である、と最近感じるようになってきた。

 

***

 

 とまあ、段落を多くしてみた。これくらいのゆるいペースで、ブログの更新を定期的に続けたらなと思う。冬に比べて、春夏はちょっと余裕があるだろう。有意義な時間として、パソコンに向かう時間も増えてきた。少し手があいたとき、このブログをちょっと訪れて、めちゃくちゃな(文章がめちゃくちゃという意味である)、フンを落としていくような感じで、雑記が書けたらなと思う。

 ということで、次の記事を乞うご期待。