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チョロい日記

自由に書けと言われた気がしたので自由に書きます

テキストサイトストーリー、未経験者は語る

 精神状態は悪くない自信がある。少し前の多忙だった頃と比べると、すごく安定した思考判断ができるし、体に何も悪いところはない。楽しいことも辛いことも、バランスよく僕にやってきてくれる。金銭面では相変わらず苦戦を強いられているけど、潔く諦めるようになった(おそらく、正常な感覚に戻っただけ)ので、それはそこまで影響してなさそうだ。交遊費を少し抑えるだけ。

 でも昨日、また急にブログデザインを一新したくなった。正確に言えば、一昨日の深夜から昨日の朝にかけて(そうだ、ちょっと生活リズムは崩れかけているかもしれない)。何かを起こそう・何かを変えようという原動力は、だいたいそんな真夜中にちょうどピークを迎え、そして我慢しきれなくなって、それが正しいかどうかも分からないまま、とりあえず行動を起こしたくなる。部屋の掃除とかデータの整理とか、その一種だと思っている。

 

 苦労してつくったヘッダー画像とかをあっけなく消して、以前よりもさらにシンプルなデザインにした。記事の更新についても、自分の中にある曖昧なガイドラインを数ヶ月ぶりに変更した。「なるべく多く記事を更新する」「自分が思っているよりも、無理して、自分の好きなことを書きまくる」、と。この、後者が難しい。

 とあるブログのとある記事で「PV数とかアフィリエイトとかの誘惑は、いずれブログを単なるライターの仕事に変化させてしまう」という記述を見た。我に返れば、僕は「1記事に1枚は、なにかしらの記事を掲載しよう」とか、更新の際に必ずそういうデザイン性を無意識に考えていたのかもしれない。別に、キュレーション的意味合いのあるサイト運営を目指しているわけではないのに。

 テキストサイト文化、という言葉がある。インターネット黎明期、日常を写真や映像に頼らず、文章のみで見る人を微笑ませよう、というコンセプトが暗黙に共有されていたそうだ。自分は当時まだ幼かったので、つい最近までその文化の存在を知らなかったし、その頃と現代のインターネットは大きく変化しているのも一目瞭然である。でも今だからこそ、あえてそれを少しだけ意識したような、文章芸・文芸的な面白さをブログに見出していきたい、と思ったのである。まるで、アフィリエイト自己啓発推進運動・キュレーションで溢れかえっている(という偏見を起こしやすい)、はてなブログの改革を建前にしたかのような言い草だけれど。

 

 とはいえ先述したように、深夜の発想とはなかなか大胆である。いずれまたオシャレなヘッダー画像を作っているかもしれないし、もしかしたらアフィリエイトに魂を売っているかもしれない。けど、ブログくらいは、気の迷いでどんどん弄っても構わないかなと思っている。ここは「自分が書かなければおそらく誰かが書く日記」を惜しくもリアルタイムで経験できなかった僕が、自由に書いていくブログと決めたのだ。

マイクテスト役のアドリブは総じてつまらない気がする

 どうせ大学時代の黒な思い出になると諦観しつつも、昨日はインターネットラジオ配信のシステム的なものを考えていた。ミキサーとかマイクとかレコーダーとか必要な機材を借りて、小規模にもインターネットラジオを始めてみよう、と意気込んでいる。やるからには凝る性格なので、この準備の段階で今後の放送の選択肢を減らしたくないなと、とても慎重にやっていた。番組とかも、他のサークルノリなモノとは一線を画したい、とかわがままを言ってメンバーにはついてきてもらっている。振り回してる、というのが正確な表現かもしれない。

 そんな感じで、テスト入力・収録をしようとしていた昨日15時頃。マイクの入力具合を試すために、なんでもいいからしゃべってみて、と友人に頼んでみた。なにをしゃべるかなんて指定するつもりは何もなかったので、「マイクテスト、ワン、ツー」とか「ツェー」とか、「あー」とか全然そういうテンプレみたいなので良かった。それなのに、適当にラジオ番組風MCをし始めたのだ。しかも、その内容が結構つまらない。お世辞にも面白いとは言えない内輪ネタのオンパレードだった。

 

 驚いたのは、その人が普段からなかなか面白い話をする人だったからだ。彼の見聞の深さには、頭があがらないと思う瞬間が今まで何度もあった。知的好奇心が旺盛、どんな話題にも食いついてくる獰猛っぷりを、一周回ってリスペクトなんてこともあった。こう書くとなんか悪口みたいだけど、本当にそういう意味ではなく、しゃべりは彼に任せておけば安心というのが間違いなくあったのだ。そんな彼がこのように気恥ずかしさを全面に出してしまうとは、正直この先が思いやられる。

 何度も言うが、愚痴ではない。マイクは少なからずも、人のしゃべりのコンディションに悪い影響を与えるというすごく当たり前なことを学んだ、というだけのことである。ここまで好き勝手に書いておいて、いざ自分もそのターンとなってしまったら、その人と同じ選択をとっていそうだ。テスト段階は、合図があるまでなるべく長時間喋り続けることが要求される。いつまでたっても「あー」と呻いているのも、やっぱり退屈だろう。僕もそいつほどではないが典型的な「コミュ障」ではない。けれど機転を悪い方向に利かせ、余計なサービス精神を発揮していそうだ。

 

 でも逆に、マイクを持つとテンションが上がって饒舌になる人もこの世にはいる。芸能人とか、特に結婚式のスピーチを急に任される人とかそうなんじゃないかな。あの類は頭の回転が早い、とかじゃなくて、単純に「慣れ」なんだろうなと最近思う。きっと無の状態から何かを生み出す方程式を何パターンも持っていて、喋るという行為はそのアウトプットに過ぎないという思考なんだろう。羨ましい。

 マイクテストをする機会が人生のうち、あと何回あるのだろう。人によっては、そんなこととは無縁なまま生きていくだろうし、全然他人事と捉えられても良いんだろうけど、誰かにあなたならどんなマイクテストをしますか、とインタビューしてみたいものだ。もちろんマイクなど通さない、このインターネット上で。

ひさびさのエッセイスト

 新学期になってから、ブログをあと2つ追加で管理することになって、はてなブログにお邪魔することができない今日この頃。それらのサイトは2つとも「Blogger」という、Google管理のフォーマルなブログサイトで、シンプルさがとても良い。凝った機能は特にないし、テンプレートも万人受けのデザインしかない。文章の技が際立つし、ひっそりと書き溜めていけるようで、とても僕に合ってるなと感じる。

 けれど、やっぱりこの古巣「はてなブログ」は、読みたい記事がそこに多い。ユーザーインタフェースに、相互的なコミュニケーションのねらいを感じる。画像を載せることが面倒くさい・できれば文字だけで構成したいと思っている、ブログに対してアナログタイプな僕だけれど、僕自身がこのブログ管理画面を訪れることのメリットは大事にしていきたいのである。管理画面には、サイドバーに自分が読者登録をしたブログサイトが一覧で並んでいる。つまり、読者としてもブログライフを気軽に楽しめるサイトが良いということだ。

 実際、はてなブログのアプリをインストールしても、1回もスマートフォンより更新しようと思ったためしがない。わざわざこのブログの記事を適当に選択して、下にスクロールして、「はてなブログトップへ」のボタンを押して、人気の高い記事を読む。僕にとっては、その行為が一番楽しい。むしろこの点においては、スマホ版アプリのユーザーインタフェースは少し改善してほしいと思っているくらいである。はてなブログの情報の質は、Togetterと同じくらい有益だと思っているからね。

 

 ゴールデンウィークはとても充実していたと思う。バイトは1日と7日、撮影に2日間使って、それ以外は遊び。ほぼプライベートらしいことを2月からしてこなかったような気がするので、コンサートに行ったり、久々に居酒屋に友人を誘ったりしていた。「自ら誘うなんて、レアだよ〜」なんて、自身にプレミアな価値を加えて、いい気になって楽しむ。自由だ。なんでも許されるような気がしてくる。

 

 僕のブログ遍歴からして、だいたいある程度まとまった休みの期間がとれると、アホみたいに更新をしたがる傾向がある。やあやあ久しぶり、なんて言って、しばらく会っていない友達に1から10まで現状報告をするような長い前置きで、伝えたいものなど何もない無機質な文章を原稿に載せていく。まあ、その内容についてはどうでもいい。もはやその、自分の悪い癖についても論じてしまっているから。

 ただ、今日は8日。「サザエさん」も昨日放送され、世間的にはどんよりした曇った雰囲気が垂れ込めている様子が見てとれる。

 それなのに、このように「はてなブログ」に現れるようになった、というのは何かの誤算なのかもしれない。こういう場合は、だいたい現実逃避だったりするけれど、何から僕は逃れたいのだろうか、面白いことにそれすら思い出せない。記憶に関する細胞が都合のいいように動いてくれて、僕をここ1週間くらいはゴールデンウィークの気分にさせ続けてくれる、というのだろうか。

 ・・・思い出した。たぶん、僕が逃げたいのはほぼ日手帳の料金支払いだ・・・。